2021年01月12日
事業再生ADRとは、事業再生の手続きのひとつです。会社が経営困難に陥っても、事業を再生するさまざまな手続があります。この記事では、事業再生ADRとは何か、メリット・デメリット、手続の進め方などを中心に、全体像がイメージできるように解説します。
目次
事業再生とは
事業再生とは、債務超過や経営破綻の危機に陥った企業が、事業を廃止・清算するのではなく、継続していくための手続全般をいいます。
ここでは、まず事業再生の概要を解説します。事業再生ADRの位置づけを理解するための参考にしてください。
事業再生の大きな枠組み
事業再生のポイントは、①事業の収益力アップ、②資金繰りの改善、③超過債務の削減を行い、事業を抜本的に立て直すことにあります。
たとえば、超過した債務の一部免除や弁済期の繰延べなどを行いながら、期間内に、事業を収益力のあるものに再構築します。
事業再生の手続きには、大きく「法的整理(法的再生)」と「私的整理(私的再生)」の2つがあります。事業再生ADRは、このうち「私的整理」に分類されます。
法的整理と私的整理の違い
「法的整理」と「私的整理」の大きな違いは、裁判所を通じて手続を進めるかどうかです。
「法的整理」は、法律に則って裁判所が手続を監督しながら進め、手続開始時にすべての債権者に支払いの猶予をしてもらいます。「民事再生手続」と「会社更生手続」があります。
「私的整理」は、裁判所の介入はなく、大口の債権者(主に金融機関)との協議によって進めます。すべての債権者ではなく、協議を行った債権者に支払いの猶予を依頼します。
私的整理には、「事業再生ADR」「中小企業再生協議会」「特定調停手続」の準則型私的整理と呼ばれるスキームがあり、これらを使わず、当事者間で進める「任意整理」があります。
参照:
的整理とは|超過債務を整理して事業再生する方法を解説
準則型私的整理とは
準則型私的整理とは、一定の手続ルールに則って私的再生を進める手続のことです。
私的整理は、もともと当事者間の協議による「任意整理」が主だったのですが、当事者間の話し合いだけでは金融機関からの支援が受けにくいという問題がありました。つなぎ融資をしようとしても、法的整理のリスクがある企業には金融機関もなかなか融資に応じてくれないからです。
そこで、問題を解決する方法として、特定の法律やルールによって行われる手続が整備されました。これらの手続では、法律に定められた公的機関が関わり、第3者的な立場で円滑な手続の支援を行います。
事業再生ADRも、この準則的私的整理の一つです。準則的私的整理は、準拠する法律と仲介する機関によって、次の3種類に分けられます。
私的再生手法 | 事業再生ADR | 私的整理ガイドライン | 中小企業再生支援協議会 |
---|---|---|---|
目的 | 過剰債務に悩む企業への訴訟手続きによらない再生支援 | 経営困難な企業への会社更生法や民事再生法によらない再生支援 | 中小企業の再生支援 |
主宰者 | 事業再生実務家協会 | 私的整理に関するガイドライン研究会 | 中小企業再生支援協議会 |
対象債務者 | 過剰債務に悩む企業 | ・過剰債務により自力再建が不可能な企業 ・価値ある事業があるなど再建可能性がある企業 ・法的整理により信用力が低下し、事業再建が困難になる企業 ・私的整理により債権者に経済的合理性が期待できる企業 |
事業拠点を有する中小企業 |
対象債権者 | 金融機関債権者 | 金融機関債権者 | 金融機関債権者 |
成立条件 | 全主要債権者の同意 | 全主要債権者の同意 | 全主要債権者の同意 |
出典:
私的整理に関するガイドライン研究会 私的整理に関するガイドライン 2001-09
事業再生ADRとは?
事業再生ADRでは、国が認定した専門機関の事業再生実務家協会の支援を受けながら債権者と交渉し、再生への道を目指します。
ADR(Alternative Dispute Resolution)とは、裁判外紛争解決手続の略称で、事業再生ADRは2007年に制定されました。
仲介者となる事業再生実務家協会は、弁護士・公認会計士・税理士などが所属しており、公正・中立な立場から、債務者と債権者の交渉がまとまるようにサポートします。
事業再生ADR手続きに入ると、事業継続に不可欠なつなぎ融資を優先的に取扱う道が開かれるので、金融機関も資金を提供しやすくなります。
また、事業再生ADRでは債務者の財産状態や再建計画案を中立的な専門家がチェックすることとなっています。
そのため、メインバンク以外の金融機関にも交渉を応じてもらいやすくなります。
私的整理の問題点を解決し、法的整理のメリットを取り入れた事業再生手続と言えます。
事業再生ADRができた背景
裁判所による強制力を持った紛争解決である訴訟や法的倒産手続ではなく、当事者間の話し合いだけで紛争を解決していく新たな私的再生の手続方法として、2007年に事業再生ADR(Alternative Dispute Resolution:裁判外紛争解決手続)が制定されました。
従来型の債務整理の問題点
従来型の債務整理方法である法的再生手続では、当事者間の話し合いだけでは金融機関から支援は受けにくいものでした。
また、つなぎ融資をしようとしても、法的再生手続に移行する危険がある企業には金融機関もなかなか融資に応じてくれません。 そうなると法的再生手続を利用するしかなくなりますが、法的再生手続をすると取引先への支払も止めることになります。 しかし、取引先へ迷惑をかけてしまうと信用を失い、後にビジネスの再起を図れなくなってしまいます。
過剰債務を抱えた企業の悩みを解決
そこで、過剰債務を抱えた企業の悩みを解決するために事業再生ADRが生まれました。
事業再生ADR手続きに入ると、事業継続に不可欠なつなぎ融資を優先的に取扱う道が開かれるので、金融機関も資金を提供しやすくなります。
また、事業再生ADRでは債務者の財産状態や再建計画案は中立的な専門家がチェックすることとなっています。
そのため、メインバンク以外の金融機関にも交渉を応じてもらえるようになります。
事業再生ADRのメリット
事業再生ADRのメリットは、私的整理でありながら法的整理と同じように、事業をスムーズに続けながら、金融機関との話し合いで事業再生のための解決策を探っていけることになります。
もし万が一、金融機関側との意見がまとまらない場合には、事業再生ADRの結果を尊重してもらいながら裁判所を利用した法的再生手続に移行していくこともできます。
公平性のある事業再生
事業再生ADRの手続きを行うと、審査の後に一旦すべての債務の支払いが免除された上で債権者会議が開催され、手続き実施者が専任されます。事業再生の専門家が中立的な立場で債権者と交渉し、事業再生を進めていくのです。
そのため、自分たちだけで再生を目指すよりも適切な判断ができ、債権者との公平性も担保できるという利点があります。
つなぎ融資が受けやすい
事業再生ADRを利用することで既存の債権とは別枠で融資を受けることが可能となります。また、中小企業基盤整備機構の公的保証も利用することが可能です。
そのため追加融資を受けて事業再生を果たすまでのつなぎ資金を調達しやすくなります。
債権放棄による損失を無税償却
事業再生ADRを利用している債務者に対して一定の条件を満たした上で債権放棄を行うと無税償却が可能となります。
債権放棄による損失を損金として計上することで税金を安くすることができるのです。
これは主に金融機関側が享受できるメリットとなりますが、無税償却が可能になることで債権放棄などが受けやすくなるので、債務者にとっても大きな利点となります。
事業再生ADRのデメリット
事業再生ADRでは債権者会議を開いて債権者と自分で交渉しなければいけません。再生計画を実行するためには全員の同意を得ることが条件で、1人でも反対していると不成立となります。
それでも再生を進めるとなると、特定調停や民事再生といった、裁判所が介在する法的再生を選ぶ他ありません。事業再生ADRは必ず成功するものではないことを頭に入れておきましょう。
他の私的再生手法との違い
事業再生ADRは裁判所が介入しない私的再生であること、債権者全員の同意によって成立するのは、私的整理ガイドラインや中小企業再生支援協議会と共通しています。
大きな違いは主宰者です。事業再生ADRでは過剰債務に悩む企業が事業再生の実務家の支援を受けながら債権者と交渉し、再生への道を目指します。
私的再生手法 | 事業再生ADR | 私的整理ガイドライン | 中小企業再生支援協議会 |
---|---|---|---|
目的 | 過剰債務に悩む企業への訴訟手続きによらない再生支援 | 経営困難な企業への会社更生法や民事再生法によらない再生支援 | 中小企業の再生支援 |
主宰者 | 事業再生実務家協会 | 私的整理に関するガイドライン研究会 | 中小企業再生支援協議会 |
対象債務者 | 過剰債務に悩む企業 | ・過剰債務により自力再建が不可能な企業 ・価値ある事業があるなど再建可能性がある企業 ・法的整理により信用力が低下し、事業再建が困難になる企業 ・私的整理により債権者に経済的合理性が期待できる企業 |
事業拠点を有する中小企業 |
対象債権者 | 金融機関債権者 | 金融機関債権者 | 金融機関債権者 |
成立条件 | 全主要債権者の同意 | 全主要債権者の同意 | 全主要債権者の同意 |
事業再生ADRの利用条件
事業再生ADRの対象となる企業は、事業再生実務家協会が以下のような要件を定めています。
ここでは、ポイントを要約してお伝えします。
詳しくは、事業再生実務家協会のサイトをチェックしてください。
- 過剰債務を主な原因として自力再生が難しいこと
- 収益性や将来性などの事業価値があり、事業再生の可能性があること
- 法的整理では、事業再生に支障が出る恐れがあること
- 事業再生によって、債権者が破産手続より多い回収を見込めること
- 公正で妥当な事業再生計画案が策定できること
事業再生ADRの流れ
事業再生ADRではどのような流れで再生を目指していくのか?主宰する事業再生実務家協会が発行するハンドブックをもとに解説していきます。
出典:
事業再生実務家協会 事業再生ADR活用ガイドブック 2008
流れの図案
事業再生ADR申込前手続き・申込
まずは事業再生実務家協会に申し込みを行います。事業再生ADRは再生の可能性が見込まれる企業のみが利用できます。資産評定や生産や清算貸借対照表、損益計算、弁済計画をもとに審査を行い、通過すれば正式に申し込みとなります。
一時停止通知
申し込みが受理されたら事業再生実務家協会と債務者が連名で対象債権者に対して「一時停止通知」を発送します。債権回収や担保設定行為が禁止され、債務者は一時的に債務を免れることができます。同時に債権者集会を開催し、話し合いに応じてもらうよう呼びかけます。
債権者会議
債権者を集めた債権者会議を開催し、現状や再生計画に関する説明を行います。また、初回の債権者会議では債務者の再生を支援する手続実施者の選任も行われます。
この場で再生計画を発表し、対象債権者全員の同意が得られれば事業再生ADRが成立して再生が進められますが、前述のとおり一人でも反対すれば不成立となり、特定調停や法的整理手続きを選択する必要が出てきます。
Q&A
事業再生ADRについて、よく聞かれる質問とその回答をご紹介します。
Q1. 東京に行かないと手続きはできませんか?
事業再生ADRは全国すべての企業を対象にしているため、事業再生会社は全国各地でオフィスを展開しており、事業再生ADRを依頼する企業への地元へも出向いてくれます。
そのため、関係者との打合せ場所や債権者会議などの場所は、その企業の状況などに応じて、東京に限定することなく、ケースバイケースで場所を決定することになります。
Q2. 手続きに必要な書類を教えてください
事業再生ADR手続きを行う際は、事業再生会社に問い合わせをして説明を受けた後に手続利用申請書を作成します。
手続利用申請書提出時には、同時に以下の書類の提出が必要となります。
- 会社案内
- 会社定款
- 直近3事業年度分の(決算書・勘定明細を含んだ法人税確定申告書
※子会社・関連会社がある場合には、子会社・関連会社の直近事業年度の法人税確定申告書も必要
※代表者が保証債務を負担している場合には、代表者個人の直近確定申告書も必要 - 会社の借入金明細
- 直近事業年度分の固定資産明細
- 担保一覧表
- 商業登記簿謄本
- 代理人が申請する場合には委任状
Q3. 手続きにはいくらくらいかかりますか?
手続には、審査料、業務委託金、業務委託中間金、報酬金」の4つが必要です。
まず審査申請を行う際に、一律50万円(消費税別)の審査料が必要となります。
それ以外の費用は、手続が進んでいくときに段階的に必要になってきます。
その金額は債権者数と債務額に応じて設定されます。
資産査定や事業再生計画案を作成するときに、弁護士や公認会計士、ファイナンシャルプランナー、税理士などを利用した場合には、手続き費用には含まれません。
Q4. 手続きにはどのくらい時間がかかりますか?
事業再生ADRは、事業再生の話し合いの相手方である金融機関に対して、「一時停止の通知」を発送することからスタートします。
その「一時停止の通知」を発送してから事業再生計画が決議されるまでの時間は、3ヵ月程度を目安としてください。
事業再生会社では、手続を受理する前の事前審査で事業再生ADRが成立するかどうかの見込みを判断します。
その際、資産査定や事業再生計画案の概要の策定などの準備を十分に行ってもらうことで、その手続き時間を短くすることも可能です。
ただし、準備が十分でなければ、事前審査に要する時間も延びることになります。
Q5. 手続きするために専門家に依頼が必要ですか?
債務者である企業が事業再生ADRの手続を進めるにあたり、自らが資産査定や事業再生計画の作成を行う必要があります。
したがって資産査定や事業再生計画の作成に自信がないようであれば、資産査定や事業再生計画の策定を債務者(企業)の立場に立ってしてくれる、事業再生会社などの専門家に依頼いただくことが必要となります。
Q6. 手続実施者とはどのような人ですか?
事業再生ADRにおける手続実施者とは、手続を進めていくにあたり、債務者である企業と債権者である金融機関との間の和解の仲介を実施していきます。
事業再生会社では手続実施者の候補リストを作成しており、その候補リストの中から債務者や債権者との利害関係がなく、公正かつ中立に職務を遂行できるプロを手続実施者の予定者として選任し、債権者会議に手続実施者として正式に選任してもらうようはかっていきます。
なお手続実施者は、経済産業省令に基づいて以下のような事業再生の専門家が候補となります。
- 私的整理ガイドライン専門家アドバイザー経験を持っている弁護士・公認会計士
- 会社更生の管財人や民事再生の監督委員・管財人を務めた経験を持っている弁護士
- 中小企業再生支援協議会でプロジェクトマネージャーとして活躍していたアドバイザー
- 産業再生機構でマネージングディレクターとして活躍していたアドバイザー
Q7. 事業再生ADRで税負担が重くなることはありますか?
事業再生ADRでも、民事再生のような法的整理に準じた税務上の取扱いが認められています。
2008年3月28日付けの国税庁課税部長名義の回答である「取引等に係る税務上の取扱い等に関する照会」では、事業再生ADRを利用して成立した事業再生計画案は、債務者である企業で民事再生に準じるものとして、 「資産の評価損を損金算入できる」「期限切れの青色欠損金を優先して損金算入できる」ということが確認されています。 また、債権者である金融機関では、「債権放棄等による損失を損金算入できる」となっています。
事業再生を成功させるには専門家を活用ください
事業再生ADRの手続きを行えば債務が一時的に免除される、つなぎ資金を調達しやすくなる、債権放棄を受けやすくなるなどのメリットがありますが、 失敗して法的再生に移行せざるを得なくなるというリスクも伴います。そもそも事業再生ADRを利用できるかどうかも審査を受けてみないとわかりません。
事業再生ADRを行うべきか、他の手法を採用すべきかという判断は難しいので、まずは事業再生の専門家に相談してみて、自社に合った手法を検討してみましょう。