
2023年に発覚した堀正工業の粉飾倒産事件。「老舗の中堅商社が倒れた」という衝撃が走り、金融機関を巻き込む“信用の破壊”として記憶される事件になりました。約50行もの銀行に対して、それぞれ別の決算書を提出して融資を引き出していた……その異常さは、単なる経営判断ミスでは説明がつきません。
2025年11月25日、元社長には融資金約11億円を詐取した詐欺罪で懲役7年の実刑判決が言い渡され、事案は「倒産」ではなく重大な犯罪事件として決着しました。
この記事では、堀正工業が“なぜ一線を越えたのか”を、手口・資金の行方・粉飾が企業を蝕むメカニズムから解き明かし、苦しい局面で経営者が踏みとどまるために持つべき視点を示します。
この記事のポイント
- 堀正工業は1933年創業の老舗で、NTNの有力代理店として信用を積み上げていた一方、少なくとも2003年以降、長期に粉飾が継続した可能性が高い。
- 約50行に対し、“出し分け”決算書を提出。借入先を「4行+提出先1行」だけに見せるなど、金融機関の目線に合わせた偽装が行われた。
- 資金は利払い・返済の穴埋めに加え、関連事業への補填や代表個人への流出が疑われ、破綻までの時間を“買う”ために使われた側面がある。
- 粉飾は「バレないための嘘」を増殖させ、税負担や借入依存を強め、最終的に再生の選択肢を消し飛ばす。
- 2025年11月、詐欺罪で実刑判決。赤字隠しは“延命”ではなく、経営者自身を刑事責任へ押し流す危険な入口になり得る。
目次
創業90年の老舗は、なぜ「300億円の粉飾」に手を染めたのか
堀正工業の事件が強烈なのは、負債300億円超という粉飾の規模に加え、「会社の外から見える顔」と「内部の実態」が、長期にわたって完全に乖離していたことです。
信用力のある老舗が、いつから・どこで、引き返せない線を越えたのか。
ここではまず、堀正工業が外部から“どんな会社に見えていたか”から整理します。
「堅実なベアリング商社」の仮面。創業90年の名門・堀正工業とは
| 会社名 | 堀正工業株式会社 |
|---|---|
| 代表者 | 堀 雅晴(元代表取締役社長) |
| 本社所在地 | 東京都品川区西五反田1-23-9 りそな五反田ビル |
| 創業 / 設立 | 1933年(昭和8年)10月創業 1948年(昭和23年)9月設立 |
| 資本金 | 2,000万円 |
| 事業内容 | ・ベアリング・精密機械部品の専門商社 ・ベアリング(NTN代理店)、伝導機器、空圧・油圧機器の販売 ・自社ブランド製品の展開 ・農業事業(子会社含む)など |
| 売上高 | 約68億600万円(2022年9月期 ※粉飾決算公表値) |
| 負債総額 | 約250億〜330億円(金融機関約50行からの借入) |
堀正工業は戦前の1933年に創業し、1948年に法人化。NTNの代理店指定(一次代理店)を受けて事業基盤を拡大してきたベアリング専門商社です。大手メーカー向けに技術サポートも含めた提案を行い、国内販売にとどまらず香港・上海などへの輸出も手がけ、外から見れば「専門商社として堅実に積み上げてきた優良会社」そのものでした。
本社は東京都品川区の一等地に置き、ベアリングだけでなく伝導機器や油空圧機器の販売、農業など、幅広い事業を展開していました。2022年9月期には売上高約68億600万円を計上していましたが、2023年5月頃に不適切な会計処理と多額の借入れが判明したのです。
同社は多くの金融機関において債務者区分が「正常先」とされ、無担保・無保証で貸し出されたケースもあったとされます。ここが、この事件の背筋が凍るポイントです。銀行が“普通に審査した結果として”優良に見えた……つまり、粉飾は「一部の帳尻合わせ」ではなく、審査の土俵そのものを作り替えるレベルにまで達していたのです。
主力仕入れ先であるNTN側も、2023年6月時点で販売代理店としての状況を公表し、供給継続に支障が出ないよう対応すると表明しています。50行すべてに違う数字を提出。「精巧すぎる決算書偽造」の手口
堀正工業の粉飾は、雑なものではありません。むしろ“精巧すぎる”くらいでした。
2022年9月期の決算では約10パターンもの決算書が用意されており、様式は同じなのに、提出する銀行ごとに勘定科目の数字が異なっていたのです。
さらに悪質なのが、いわゆる「出し分け」です。取引銀行は約50行規模とされますが、銀行に提出した借入金明細には、共通で主要取引先である4行(三菱UFJ、みずほ、商工中金、群馬)に加え、「提出先の銀行」1行だけを載せる……いわば“4行+1行”の見せ方があったとされています。
この手法で、他行からの数百億円の借入れを隠していました。
提出先だけは正しい借入金残高を載せるため、担当者は「自分の銀行との取引は合っている」と思い込みやすい。ところが、見えない場所に“他行借入”が山のように隠れている。これが、信用の網をすり抜ける設計でした。
加えて、「まず正しい決算(赤字・債務超過)を作る→売上を嵩上げ→仕入・借入・貸付金なども改ざんして辻襴を合わせる→税務署向けの申告書を作成して提出する」といった、二重三重の執念深い帳簿操作を行っていたのです。
数字の“嘘”は一箇所では成り立ちません。売上を盛れば、原価や在庫、売掛金、現預金、税金が連鎖します。堀正工業の粉飾は、その連鎖を理解したうえで、膨大な手作業で整合性を作り込んでいた。
だからこそ、発覚した瞬間に「偶発的なミスではなく、長期の意図的な偽装だった」と見なされてしまうのです。
指南役は元銀行員? 借りた300億円はどこへ消えたのか
この事件で必ず出てくる疑問が、「なぜそんなに借りられたのか」です。
堀正工業が多くの金融機関と取引する背景に、金融機関の本店・本部と接点を持つ元銀行員ブローカーが「紹介したい企業がある」と言って支店担当者へ紹介していた構図があったと報じています。
実際、保険会社の担当者(X氏)が複数の金融機関に堀正工業を紹介したことは事実として認められ、本人は「粉飾は知らなかった」「関与していない」と説明している旨を語っています。
銀行に対して紹介があること自体は、金融の世界では珍しくありません。
問題は、紹介が“信用のショートカット”として機能したとき、企業が提出する資料の真実性が崩れると、審査の前提が丸ごと抜け落ちることです。
ある金融機関の担当者は「紹介された企業の場合は信用が高く、正しい情報が提示されているのを前提としているため、最初から疑って判断することはほとんどない」と語っており、そこを突かれた形です。
では、集めた資金はどこへ流れたのでしょうか。代表者が関与する企業は約10社にのぼり、それらの関係会社へ資金が流れたとされています。
また、債権者集会では代表個人や親族のほか、複数の女性に資金が流出していたと明かされたとする報道もあります。推測の域を出ない部分もありますが、破産申立書等に基づくとして、代表個人への貸付・不動産(別荘等)・複数女性への資金といった“私的流用”が疑われる旨も伝えられています。
ただし、ここで冷静に押さえるべきは、「豪遊が原因だった」と単純化すると本質を見失う点です。粉飾倒産の多くは、最初の動機が“見栄”ではなく、利払い・返済・穴埋めからスタートします。
資金は「未来への投資」ではなく、「今日を越えるため」に溶ける。そして、今日を越えるたびに、明日はもっと高くつく……これがよくある粉飾による倒産のメカニズムです。
一度始めたら止まらない。
「粉飾決算」が会社を蝕むメカニズム
粉飾は、単に“見た目の利益”を作る行為ではありません。
会社の意思決定、資金繰り、組織文化、そして経営者の倫理観を、ゆっくりと壊していきます。
特に堀正工業のように長期化すると、いつしか「本当の数字」を見ても、誰も行動できなくなってしまいます。
なぜなら、真実を直視した瞬間に、すべてが崩れてしまうからです。
嘘を隠すために、さらに大きな嘘を。
雪だるま式に膨らむ負債
粉飾の典型は「売上の水増し」です。しかし、ここには経営者が思う以上に残酷な副作用があります。
売上を架空計上すると、帳簿上は利益が出ます。すると何が起きるか。税金が発生します。
つまり粉飾は、会社のキャッシュを守るどころか、“架空利益に対する本物の支払い”を生み出すのです。
堀正工業のケースでは、2022年9月期の実態決算が売上約45億円・最終赤字約3.4億円であり、税務申告の決算書では税引き前利益が約7.4億円、法人税等が約2.6億円にのぼったとされています。
粉飾で“黒字”を作った結果、税の負担まで抱え込む構図が、数字として露わになっています。
そして税金を払うために、何をするか。結局、新たに借りるしかありません。
借りるには、また決算を良く見せる必要がある。
だから、一段と粉飾が根深くなる。これが負のスパイラルです。
さらに厄介なのは、粉飾が長期化すると「会社の内部で、誰が何を信じて経営しているのか」が曖昧になることです。
部門別の採算、実在庫、回収可能な売掛金、関連会社への資金移動……“一つでも崩れたら終わる積み木”が増えすぎて、誰も全体像を掴めなくなる。これが非常に怖いのです。
金融庁も、最近の粉飾等の事例として、10年以上の長期化や、金融機関ごとに異なる決算書提出など、巧妙で複雑な手口が組み合わされている点を特徴として挙げ、予兆管理態勢の高度化を促しています。
粉飾は「一回のごまかし」では終わりません。長期化した粉飾は、会社の中に“現状とは違う、もう一つの架空現実”を作り出し、そこから抜け出すための手段を自ら破壊していくのです。
架空のM&A話で最後の融資を画策…そして逮捕へ
堀正工業が崩れる直前に、象徴的な出来事があります。
2023年春以降、同社が複数の金融機関に東北のある企業の買収話を持ち込み、「今年3月19日に基本合意、5月末に提携実行」といった具体的説明をしたうえで、運転資金の融資を要請していたと報じられています。
しかし、持ち込んだ金融機関では条件が合わず断られ、そこへ粉飾の疑いが表面化していきました。
この“幻のM&A”は、見方を変えると、粉飾企業が最後に取りがちな行動でもあります。
資金繰りが限界に近づくと、正面から「運転資金が足りません」とは言えません。
そこで、「買収で成長する」「提携で売上が伸びる」と“前向きな物語”に変換して、融資の理由を作る。
しかし、その物語が崩れた瞬間、残るのは「騙して金を取った」という事実だけです。
その後、金融機関の会合で「弁護士からの受任通知が届いた」という情報をきっかけに、「うちでも取引がある」「うちも」と声が上がり、決算書に書かれていない取引先が一気に露見していった、という経緯も報じられています。
そして事件は倒産で終わらず、刑事責任へと進みました。
2025年11月25日、元社長らは、三菱UFJ銀行などから融資金計11億円を詐取したとして、東京地裁で実刑判決(元社長は懲役7年)を言い渡されています。
「倒産したから禊(みそぎ)を果たした」は通用しない。粉飾は刑事事件にまで発展することが往々にしてあります。
事業再生のプロが断言。
「粉飾」が自らの首を絞める3つの理由
赤字は、経営の結果です。景気変動、主要顧客の喪失、原価高騰、為替、設備投資の失敗……赤字の理由はさまざまで、恥ではありません。
しかし粉飾は、“結果”ではなく“行為”です。
ここを混同した瞬間、経営は「立て直し」ではなく「隠蔽」へ舵を切ります。
そして隠蔽は、再生に必要な条件を自分の手で焼き払っていきます。
金融庁も、粉飾等の予兆管理や融資規律の維持を重要論点とし、金融機関側にも体制強化を求めています。
①支援やリスケジュールなど、再生の選択肢がすべて消える
通常、業績が悪化しても、銀行には再生のための手段があります。
返済条件の変更(リスケジュール)や、返済負担を軽くするスキーム、資本性の資金など、ケースによっては複数の手が打てます。
粉飾は、銀行にとって「情報を偽って判断を誤らせる行為」であり、信頼関係の破壊そのものです。
信頼が壊れた先にあるのは、支援ではなく期限の利益喪失、そして“回収”です。
堀正工業でも、粉飾発覚後に金融機関が期限の利益の喪失を通知したとされています。
粉飾は、資金繰りを助けるどころか、最終防衛線(金融機関からの支援策)を自ら断ち切る行為なのです。
ただし、ここで重要なのは「粉飾してしまったら終わり」と決めつけないことです。
発覚の前に、早い段階で“数字を戻す”道は残り得ます。痛みを伴ってでも実態を開示し、改善計画を作り、説明責任を果たす。
企業再生の入口は、いつも「正しい事実」からしか開きません。
②銀行審査は厳格化。
「紙の決算書」への信頼は崩れている
堀正工業の事件は、金融機関側にとっても「教訓」になりました。特に怖いのは、粉飾が「決算書の見た目」だけで成立してしまった点です。
金融庁でも、近年の粉飾事例は、金融機関ごとに異なる決算書提出や、必要情報を開示しない手口などが特徴として挙げています。
これは裏を返せば、銀行側が「決算書を受け取って終わり」では済まない時代に入っているということです。
今後は、試算表・残高証明・取引実態のエビデンスなど、複線での確認が当たり前になります。
そして経営者側が勘違いしてはいけないのは、「厳格化=冷たい」ではないという点です。
むしろ、事実が早く見えるほど、打てる手は増えます。
赤字の原因が見え、改善策の妥当性が示せれば、支援の議論ができる。
逆に、見た目を取り繕うほど、支援の議論に必要な材料が消えていくのです。
③破産だけでは終わらない。
詐欺罪での逮捕と実刑判決のリスク
倒産は民事です。赤字で潰れたこと自体が、直ちに刑事罰につながるわけではありません。
しかし、騙して融資を引き出す行為は別です。そこには刑事責任が乗ります。
前述のとおり、堀正工業の元社長は、融資金約11億円を詐取したとして詐欺罪に問われ、2025年11月25日に懲役7年(求刑8年)の実刑判決を受けました。
ここでのポイントは、粉飾が“企業の信用を守るため”という自己正当化を主張したとしても、法の評価は「相手を欺いて金を得たか」です。
一線を越えた瞬間、経営者は「再起に向けて」ではなく、「刑事責任を取る」ために時間を費やすことになります。
社会的信用、取引先、家族、従業員……失うものの総量が、倒産とは比べ物になりません。
“自分の首を絞める”とは、まさにこのことです。
粉飾に関する「よくある質問」Q&A
Q少額の在庫調整くらいなら、バレないのでは?
A結論から言うと、「バレない前提」で考え始めた時点で危険です。
粉飾は単発では終わりません。少額の在庫調整が毎期の恒例行事になった瞬間、それは会計処理ではなく、会社の意思決定そのものを歪めることになります。
実務的にも、粗利益率の不自然な変動、在庫回転期間の悪化、売掛金の増え方と入金のズレなど、「数字の違和感」は複数の角度から浮かびます。
金融庁も近時事例として、巧妙で複雑な手口が組み合わされている点を挙げており、予兆管理を重視しています。
「小さいから大丈夫」ではなく、「小さいうちに戻す」が唯一の安全策です。
Q粉飾してしまっていますが、銀行に正直に言うのが怖いです。
A怖いのは当然です。ただ、もっと怖いのは、隠し通した末に“発覚という形”で露見することです。
発覚は、こちらの準備がゼロの状態で起きます。
説明材料も改善計画もなく、銀行側は「嘘をつかれた」という感情から先に動きます。
一方で、みずから開示して謝罪し、数字を戻す工程を示し、改善計画をセットで出せれば、「最悪の展開」を避けられる可能性は残ります。
堀正工業のように、金融機関ごとに決算書を出し分けるレベルまで行くと、発覚した瞬間に信用が吹き飛び、連鎖的に崩壊します。
だからこそ、早い段階の自首的開示には意味があります。
Q税理士が「これくらい大丈夫」と言って粉飾を勧めてくるのですが。
Aその言葉を信じてはいけません。なぜなら、最後に責任を負うのは経営者だからです。
税理士が関与していたとしても、経営者の刑事責任が消えるわけではありません。
違和感があるなら、必ずセカンドオピニオンを取りましょう。
帳簿を“整える”のと、実態を偽って“作る”のはまったく別物です。
前者は経営の武器になりますが、後者は経営者を破滅へ運ぶ導火線になります。
赤字隠しは破滅への入り口。苦しい時こそ「正しい開示」を
社会情勢や経営環境が変われば、赤字になることはあります。売上が落ちる、コストが上がる、投資が裏目に出る……それ自体は恥ではありません。
しかし、それを隠そうとした瞬間に、会社の本質が一気に変わります。
赤字は「経営の結果」ですが、粉飾は「犯罪の入口」になり得るからです。
堀正工業は、2023年に粉飾が表面化し、2025年11月には詐欺罪で実刑判決が出ました。
苦しい時こそ、正しい開示を選ぶ。痛みを先送りにしない。数字を戻して、原因に向き合う。
経営者が踏みとどまるべき一線は、「黒字か赤字か」ではなく、「真実か嘘」です。
そこで嘘を選んだ瞬間、会社だけでなく、経営者自身の人生まで取り返しのつかない局面に入っていってしまうのです。
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