2026年08月28日
不動産担保も個人保証も差し出せず、融資を断られてきた経営者の方へ。2026年5月25日に施行された「企業価値担保権」は、事業の将来性そのものを担保にする新制度です。施行から3ヶ月で蓄積された実例から、銀行の企業価値担保権の評価方法を解き明かしていきます。
この記事のポイント
- 2026年5月施行の「企業価値担保権」は、不動産や過去の実績ではなく、無形資産と将来のキャッシュフローを評価する新しい融資制度である。
- 資金を引き出すには、自社の価値を言語化し、緻密な「事業計画」と「KPI」として見える化する能力が求められる。
- 経営者保証が外れるなどのメリットがある一方で、継続的なモニタリングへの対応が必要であり、粉飾決算は制度利用の致命傷となる。
企業価値担保権の評価方法|銀行は企業の事業性をどう判断する?
手元に担保となる不動産がなく、過去の財務状況も芳しくない。そのような状況で金融機関へ相談しても、なかなか融資は出なかった。これが多くの経営者が直面してきた現実です。
2026年5月25日、事業性融資推進法の施行によって企業価値担保権が始まり、この前提が動き始めました。
では銀行は、企業の何を、どうやって評価しているのか。制度の建て付けと、すでに公表された実行事例の両方から見ていきます。
従来の評価軸は不動産や個人の有形資産だった
日本の融資慣行において、長らく絶対的な指標とされてきたのは過去の財務実績と目に見える資産です。
決算書に表れた数字と、土地や建物という担保。この2つがどれだけ揃っているかで、融資の可否も金額も決定づけられ、それが足りなければ、経営者が連帯保証人として個人資産を差し出すことが事実上の必須条件でした。
この構造の下では、優れた技術や取引基盤を持っていても、有形資産のない企業は十分な資金調達ができません。会社と従業員を守るという重圧の中で経営者が孤立し、決算書の数字に手を加えるという誤った選択に追い込まれる。その背景には、過去の実績と不動産しか見てこなかった銀行の融資慣行があったのです。
企業価値担保権において評価される無形資産
この慣行を変えるために導入されたのが、企業価値担保権です。
企業価値担保権が設定できるようになり、銀行が評価する対象そのものが変わりました。顧客基盤、取引先とのネットワーク、独自の技術力、蓄積されたノウハウ、ブランド力といった無形資産、さらにそれらが将来生み出すキャッシュフローまでを含めた事業の総財産を、一括して担保にできるようになりました。
ここで多くの経営者が誤解しているのが、「スタートアップ向けの制度だろう」という受け止め方です。実際の事例を見てみると、「決してそうではない」ということが理解できます。
創業110年を超える織物製造業、木くずを再生するリサイクル事業者、クラフトジンの蒸留所、建築資材の卸売業、塗装業界向けのクラウドサービス、農業スタートアップ、旅館の運営会社。施行から数週間で、これだけの業種に企業価値担保権が設定されています。
要するに、企業価値担保権では「商売のなかで積み上げてきたもの」が評価されうるのです。
無形資産の価値の根拠は「事業計画」と「KPI」
銀行はしかし、決して主観的な熱意や口頭での説明だけで資金を出すわけではありません。
では銀行は「商売のなかで積み上げてきたもの」という目に見えない価値を、どうやって金額に換算するのか。答えは、将来のキャッシュフローを定量的に示した事業計画です。
ただし、計画書を出せばよいという話ではありません。福島県でクラフトジン蒸留所を運営するKokage株式会社の事例では、東邦銀行と企業が共同で5年間の事業計画を策定し、「月間生産1,000本を3,000本へ引き上げる」という非常に具体的な計画を立てたうえで、販路別の売上と在庫水準をKPI(重要業績評価指標)として管理しています。
このように、銀行を説得するためには緻密な計画と実現可能なKPIを徹底検証する必要があります。過去の財務データという確実な拠り所がない以上、それに代替しうる強力な数字が求められるのも事実なのです。
経営者に求められる『見える化』と銀行との綿密な対話
この新しい評価基準において、経営者にはこれまでとは異なる能力が要求されます。
自社の本当の強みや潜在的な価値を第三者である銀行が理解できるように言語化する能力、そしてその根拠を数字に落とし込んで「見える化」する能力が不可欠と言えるでしょう。
融資実行後は、月次や四半期でのKPI進捗の共有、計画との差異が生じた場合の要因説明が求められます。月次試算表が締め後何日で出てくるか、予実差異を自分の言葉で説明できるか。そういう実務レベルの「言語化」と「見える化」が要求されるわけです。
とはいえ、この2つを経営者が独力で身につけるのは簡単ではありません。自社の強みの言語化も、KPIの設計も、外部の目が入ったほうが早く形になります。
事業再生の専門家に相談し、一緒に計画を組み立て、そのまま銀行との対話に持ち込むのが、最も現実的な手段と言えます。
参考記事:事業再生に強いおすすめコンサル会社3社とコンサルの選び方
【実例分析】銀行は「見えない価値」を評価するための実務の実態
ここからは、すでに公表された実例を3つ取り上げ、銀行が具体的に何を見て融資を決めたのかを分解します。
実際に銀行が下した決断から逆算することで、企業価値担保権における評価方法の実態がより浮き彫りになります。
筑邦銀行|債務超過企業の買収資金(約3億円)を引き出した将来性を評価
筑邦銀行が企業価値担保権を使って融資したのは、福岡市で教育・福祉事業を展開する上場企業の創業家の資産管理会社です。介護関連会社の買収資金として約3億円、返済期間は3年。この制度による融資実行は九州で初めてとされています。
異例なのは、その中身です。融資先の資産管理会社には事業からの売上がなく、保有株式を除けば資産もありません。買収の対象となった介護関連会社は債務超過でした。借り手にも買収先にも、従来の意味での与信材料がなかったのです。
それでも筑邦銀行は、買収対象会社が将来生み出すであろうキャッシュフローの蓋然性に着目して融資を決めました。再生の局面であっても億単位の資金が動きうることを証明した事例です。
ただし、この事例の実現の背景には、同行が以前からABL(動産・債権担保融資)に注力してきたという実績がありました。事業そのものの価値を見極めて値付けする経験を持つ銀行だからこそ踏み込めたのであり、同じ制度でも相談先によって結論が変わることも理解しておく必要があります。
東邦銀行・清水銀行|地元企業の「成長性とブランド力」を評価
次は、2つの地域銀行が地元企業の成長資金の融資を行うために企業価値担保権を設定した事例です。
清水銀行が融資したのは、静岡市の小泉チップ工業株式会社。木くずを木材チップや製紙原料に再生する事業を営む会社です。一方、東邦銀行が対象としたのは、前述したKokage株式会社のクラフトジン蒸留所でした。
どちらの銀行もやはり、不動産などではなく、地元企業の将来性を評価してこの融資に踏み切りました。清水銀行は木くずの再生事業に対し、事業拡大の余地、成長性を評価しました。他方、東邦銀行は、クラフトジン製造の「地元産の素材を活かす製造技術と商品のブランド力」を査定の根拠としました。
将来の収益性やブランド本来の力を説明できれば、小さい企業に対しても資金が動く。そんな希望を抱かせる事例です。
三菱UFJ|事業開発のノウハウとメインバンクという立場の評価
最後に、メガバンクの動きも見ておきます。
2026年7月1日に上場廃止となったブイキューブは、日本革新投資(J-INC)の傘下で再成長を目指すにあたり、三菱UFJ銀行を主幹事とする協調融資を受けることになりました。日本経済新聞はこれを、企業価値担保権を事業再生に活用する第1号案件と位置づけて報じています。
参考記事:日本経済新聞『三菱UFJ銀、企業価値担保権使い再生 第1号は上場廃止のブイキューブ』
従来であれば、金融機関は上場廃止に至った企業から距離を取るのが通例でした。つまりこのファンドがスポンサーとして入った再生局面でメガバンクが資金の出し手として残る構図は異例なのです。
筆者の見立てでは、この事例で評価されたのは不動産のような定量的資産ではなく、同社が積み上げてきた事業開発の腕と、法人顧客との接点の強さです。テレワークブースや配信システムといった事業は、貸借対照表にはほとんど表れませんが、顧客が離れていない限り確実にキャッシュを生みます。その部分を担保として捉え直せるようになったからこそ、この融資は成立したと考えられます。
メインバンクが単なる資金の出し手から、事業価値を見極めて共に育てる立場へ移る。政府が目指した融資のあり方への転換点がこの案件に表れています。
企業価値担保権の注意点3選
期待が高まる一方で、この制度は無条件の救済措置ではありません。事業全体を担保に入れるとは、経営の中身を金融機関と共有し続けることを意味します。検討前に知っておくべき3点を挙げます。
1.コベナンツと厳しいモニタリング|借りて終わりではありません
企業価値担保権による融資では、実行後の継続的なモニタリングが前提になります。金融機関は担保である事業価値を維持するため、コベナンツと呼ばれる特約条項を課すのが一般的です。
具体的には、月次の試算表提出、設定したKPIの進捗報告、計画との差異が生じた場合の要因説明。担保が事業そのものである以上、銀行が事業の中身に関与し続けるのは制度上の必然です。
問題は、業績が計画を下回ったときにどう振る舞うかです。ここで数字を取り繕えば、次に述べる最悪の結果を招きます。不振の事実を早く正確に伝え、対策を協議する。それができる会社だけが、この制度を使い続けられます。
2.粉飾決算|事業性評価を無に帰す取り返しのつかない誘惑
融資が受けられなければ倒産間際という厳しい状況に追い込まれると、いつしか粉飾の誘惑が頭を占領し始める。経営者の誰しもが手を染めてしまう恐れがある。それが粉飾決算です。
しかし、企業価値担保権を検討するなら粉飾は致命的です。理由は道義的なものではなく、制度の構造にあります。
企業価値担保権を活用する場合、原則として経営者保証の利用は制限されます。個人資産を差し出さずに事業の価値だけで資金を調達できる、この制度最大のメリットです。ところが、債務者に粉飾がある場合などは、その制限が外れてしまいます。
つまり、粉飾に手を染めた瞬間に、経営者保証から解放されるという最大の旨みを自ら手放すことになるのです。加えて、現在の財務情報が虚偽であれば、その上に立つ事業計画の前提が根こそぎ崩れ、事業性評価そのものが成立しなくなります。
数字を作る労力を、月次の実態を正確に出す仕組みづくりに向けてください。それがこの制度を使う唯一の入り口です。
3.協調融資における低評価|金融機関ごとに評価はまちまち
複数の金融機関が協調して融資を行う場合、企業価値担保権は担保設定を一本化できるという実務上の利点があります。実際、福井銀行と商工中金、第四北越銀行と日本政策金融公庫のように、地域銀行と政府系金融機関が組む形は早くも典型パターンになりつつあります。
ここから分かることは、メインバンクに色よい返事をもらえなかったとしても、そこで終わりではないということです。制度への習熟度や体制整備の進み具合には金融機関ごとに差があり、協調スキームや政府系金融機関との組み合わせで実現している事例が現に存在します。
そのうえで、協調融資が広がるほど、参加銀行の間で将来性の見立てにばらつきが生じ、最も保守的な評価を下す金融機関の基準に全体が引きずられる場面は出てくることが推察されます。
要するに、協調融資においては高評価を得にくくなる可能性があるということです。
将来キャッシュフローの評価には正解がなく、リスクを重く見る側の意見は会議の場で通りやすいのも確かです。自社の事業価値を正確に理解し、他行を牽引できるメインバンクをどう選ぶか。ここが資金調達の成否を分ける、と考えています。
早期事業再生法との相乗効果の可能性
この章では、視野を少し広げてみます。2026年12月11日、早期事業再生法が施行されます。実はこの「事業再生」にまつわる両制度は、組み合わせることで相乗効果を得られる可能性があるのです。
両制度に共通するビジョン
早期事業再生法は、倒産状態に陥る前段階から事業再生を始められるように設計した法律です。数年後には行き詰まってしまうと分かった時点で、速やかに金融機関からの借入について返済条件を見直すことができる画期的な制度です。
手続きが公表されることもないため、取引先や従業員に知られないまま立て直しに着手でき、事業を動かし続けながら手を打てる点に、最大の魅力があります。
事業を解体せずに価値を維持する。企業価値担保権も早期事業再生法も、同じ、この思想の上に成り立っているということです。
制度の詳細は、当サイトの解説記事で取り上げていますので、そちらもあわせてご覧ください。
早期事業再生法とは?表で理解する2026年12月施行の新制度の概要
両制度を組み合わせることで得られる相乗効果
では、この2つが組み合わさると何が起きるのでしょうか。筆者が最も期待しているのは、再生に入るまでの円滑さです。
事業再生の入り口で最も時間を食うのは、その事業をいくらと見るか算定するフェーズです。調査を入れ、将来キャッシュフローを見積もり、その数字に関係する金融機関が納得するまで、何ヶ月も過ぎていきます。その間にも資金は流出し、取引先は静かに離れていきます。
ところが企業価値担保権を設定している会社では、この算定が融資の時点で一度済んでいます。事業全体のキャッシュフローを評価した実績があり、その後もKPIによって数字が更新され続けている。ゼロから値付けを始める案件と、すでに土台がある案件とでは、意思決定にかかる時間がまったく変わってくるはずです。
現時点では課題も多い
一方で、企業価値担保権の「保全部分」をどう算定するかという課題が残ります。
早期事業再生法では、担保でカバーされる保全部分は多数決による権利変更の対象外とされ、調整できるのは非保全部分に限られるためです。担保が事業の将来価値である以上、その線引きは評価次第で動きます。実務が定着するまでには、なお時間と検証が必要です。
まとめ:手遅れになる前に策を講じるべきです
企業価値担保権は、融資のための評価軸を「過去の資産」から「将来の事業」へと移すことの可能性を示しました。実際、導入から3ヶ月で既に、「債務超過の会社を買う資金が出た」「上場廃止に至った企業に協調融資がついた」という実例が見られ始めていました。
ただし、この制度は追い込まれてから駆け込む先と考えてはいけません。将来キャッシュフローを説明できる事業計画と、月次で予実を回せる体制。この2つがなければ、入り口にも立てないからです。
この制度を視野に入れられる企業は、まだ資金が回っているうちから、自社の事業価値を言語化し、数字に落とすということを徹底しています。でも、自力でやるのは難しい。そう考える方は、ぜひ、事業再生の専門家に相談してみましょう。
事業再生の局面において、冷静に策を講じるためにも、外部からの支援は必須となります。余裕のあるうちから、選択肢として持っておくことが必ず強みになってくるはずです。
よくある質問
Q企業価値担保権では、いくらまで借りられるのですか?
A公表されている実例でも、1,000万円から約3億円まで、と幅があります。
制度として一律の上限額が定められているわけではなく、金融庁の資料でも、担保価値である企業価値の範囲内で融資を受けられる仕組みだと説明されています。
事業が小さいから対象外ということはありません。逆に、希望額を先に決めても、事業計画で説明できる将来キャッシュフローがそこに届かなければ通らないということでもあります。金額の根拠が事業計画そのものである点が、不動産担保との最大の違いです。
Q従来のABL(動産・債権担保融資)とは何が違うのですか?
A対象範囲と、担保権者の仕組みが違います。
ABLは在庫や売掛金といった個別の資産を特定して担保に取ります。これに対し企業価値担保権は、会社の総財産を一括して対象とし、顧客基盤やノウハウ、ブランド力のように切り出せない無形資産と、そこから生まれる将来キャッシュフローまで含めて評価します。
また、担保権者になれるのは免許を受けた企業価値担保権信託会社に限られ、貸し手は信託の仕組みを通じて担保を設定します。原則として経営者保証の利用が制限される点も、ABLにはない特徴です。
Q自分の取引銀行でも企業価値担保権は使えるのでしょうか?
A担保権者になるには企業価値担保権信託会社の免許が必要ですが、対象はすでに広がっています。
この免許を持つ金融機関等はメガバンク、地方銀行、第二地方銀行、信用金庫、信用組合など189機関に上ります(2026年8月6日時点)。
金融庁が免許を受けた事業者の一覧を公表しているため、取引先が含まれているかは確認できます。ただし、免許があることと実際に取り組む体制が整っていることは別問題です。まずは担当者に検討状況を尋ねてみてください。なお、設定できるのは株式会社と持分会社に限られ、個人事業主は対象外です。
Qスタートアップだけではなく、老舗の中小企業も使えるのでしょうか?
A使えます。
制度施行初日に公表された事例のひとつは、1910年創業、資本金3,000万円の合繊織物メーカーであるケイテー株式会社(福井県勝山市)でした。福井銀行と商工中金が協調し、110年を超える歴史の中で培った一貫生産体制と独自の織繊技術が評価されています。
資金使途も成長投資ではなく、経常的な運転資金と資金調達構造の適正化です。企業価値担保権は、新しいビジネスモデルの会社だけの制度ではありません。
Q企業価値担保権を使えば、経営者保証は本当に不要になるのでしょうか?
A原則として、企業価値担保権を活用する場合は経営者保証の利用が制限されます。個人資産を担保に差し出す慣行から離れられる点が、この制度の大きな意義です。
ただし例外があり、債務者に粉飾がある場合などは制限の対象外となります。過去に決算数字へ手を加えてしまった心当たりがあるなら、制度を検討する前に、まず実態の数字を正確に把握し直すところから始めてください。専門家を介して整理する方法もあります。
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